第三次ゴルフブームの始まりか!松山英樹がWGCで圧勝

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ゴルフファンなら皆さんすでにご存じのニュースかもしれませんが、PGAで活躍中の松山英樹プロが、なんと2016-17シーズン3戦目のWGC(世界ゴルフ選手権・HSBC)でブッチギリ優勝を果たし、上海から日本中に感動の波が伝わりました。

もう一度、そのウレシイニュースを確認しましょう。

世界ゴルフ選手権とは、1999年から始まった、ゴルフ界では4大メジャーに次ぐビッグ・トーナメントで、年間4試合だけ行われます。

4試合すべてUSPGAのツアー競技として行われ、フェデックスカップのポイント加算もメジャーに次ぐ大きさです。

今年の大会は掲載した写真の通り、日本の松山英樹の感動的な優勝で幕を閉じました。

最近やや低迷を伝えられるゴルフ界ですが、これでガラッと雰囲気が変わりそうです。

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松山英樹の話題の背景にあったゴルフブーム

現代の松山英樹の大活躍はとても素晴らしいものです。

そもそも日本人の1000万人を超える方々がゴルフに熱中するようになったのは、いくつかのエポックメイキングな出来事があったからです。

まず、第一次ゴルフブームとは、1957年のワールドカップ(当時は第5回目のカナダカップの呼称)でした。

今考えると、よくこの時日本で開催してくれたな~と感心します。

埼玉県の霞が関カンツリー倶楽部、東コースでした。

ここは2020年のオリンピックでもゴルフ会場に指名されています。

選手層は非常に厚く、当時から世界中に知れ渡っていた全盛時代ののサム・スニードや若き日のゲーリー・プレーヤーも参加していました。

なんとこの大会で中村寅吉プロと小野光一プロの日本チームが団体優勝を果たし、個人部門でも中村プロが優勝してしまったのです。

当時ゴルフの中継が珍しかったのですが、すべてテレビで全国に放映されゴルフブームに火が付きました。

そして第2次ゴルフブームは、AONと呼ばれた

  • 青木プロ
  • 尾崎プロ
  • 中島プロ

が世界中で活躍したあの時代でした。

今回の優勝でつかえていたものが・・・

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今シーズン最初のWGCは中国のシェシャン・インターナショナルGC(7266yd=パー72)で行われました。

世界のトッププレーヤーがすべて顔を揃え、、参加できなかったのはジェイソン・デイとジョーダン・スピースだけでした。

すでに世界のトップランカーとしてPGAで活躍中の松山英樹プロですが、今回の優勝にはどんな大きなバッグにも収まり切れない実績がゴッソリ秘められています。

過去に日本人でPGA3勝したのは丸山英樹プロ一人だけ。

丸山プロはいつも松山に「早くオレの記録を抜いてしまえ」と檄を飛ばされていたといいます。

その「励み」を、なんと準メジャー大会で追いつくという離れ業をやってしまったから日本人のファン全部が胸のつかえを取り去ったわけです。

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松山英樹は過去のゴルフのイメージを破壊してしまった

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10月30日、シェシャン・インターナショナルGCの最終ホールの2打目地点に松山英樹がいました。

2位に3打差の、ある意味ハラハラするポジションからスタートした松山英樹は18番ホールのフェアウエイで考えていました。

「このパー5でバーディをとれば4日間通算で30個になる、、、」などという太いことを・・・。

すでに2位に7打差あって優勝するのは99.99%間違いないというときに、30個のバーディを求めるというしたたかさは、とてもいままでの日本人の感覚ではありませんでした。

とかく日本人は”農耕民族的”とされ、狩猟型のゴルフには向かない民族だという説もありましたが彼はやはり「特別」だったのかもしれません。

大方のファンは2位に大差の現状から考えて、2打目は無謀で大胆な池越えの2オンなどは狙わないだろうとみていました。

ところが松山は30個目のバーディを奪いに行ったのです。

結果は強い風にあおられたボールは池に嵌りドロップゾーンからの打ち直しになりました。

実はそこからが松山英樹の真骨頂と評価されたところです。

数万のギャラリーの目の前で、長いパーパットを沈めケロリとしている松山英樹にギャラリーは感動の拍手を送ったのでした。

松山英樹の優勝は第三次ゴルフブームの火付け役になる

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先ほども触れたように、丸山茂樹のPGA3勝をWGCで飾ったこと、そのWGCでも7打差ブッチギリという記録はタイガー・ウッズ以外持っていません。

そして最終日に一度もボギーを打たなかったクオリティの高さは称賛に値します。

結局、2日目の後半から一度も首位の座を誰にも渡さずに走り切ってしまったわけです。

この大歓声の中での快挙は(2016/10/30時点)、松山をPGAフェデックスカップの堂々1位に立たせました。

無論過去には例がないことです。

しかも日本人がアジアで開催されているPGAのビッグな大会に勝ったことはアジア勢初です。

もう目線はメジャーの奪取だけ、それは本人もファンも同じでしょう。

日本はアメリカのゴルフ界で男女ともアジア勢が勢いを増すきっかけになるでしょう。

アメリカの公式なシニアのツアー(ザ・チャンピオンズ)が日本に来る(成田市)ことも決定したようです。

タイガーに憧れてゴルフをはじめた松山英樹や石川遼世代、時代は移り逆に松山や石川をみて憧れた今のハイティーン世代の台頭を促しました。

今の日本には才能あふれる男子女子ともにジュニアがてんこ盛りです。

おそらく、今回の松山英樹の獰猛(どうもう)でショッキングな勝ちっぷりが、新しい第三次ブームを連れてくることは間違いなさそうです。

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